「いや、何でもないのです。何でもないのですけれど、僕、こないだ湯河原に行く用がありまして」
「湯河原へ何しに」
「それはですね、湯河原に用事があったのです」
「そうか」

カフェやバアに行けば、蛍光ランプは普通かも知れないけれど、私は知らないから珍しい。しかし目が馴れれば別に変わった所もない。ただ窓の外の燈がへんな色に見える。今まで東海道本線の右側を走っていた桜木町線の電車が、東神奈川に近づく前から跨線で本線の左に移っているのでカアテンを片寄せた窓越しに上リ下リの電車が走っているのが見える。電車の燈火の色が変で、赤茶けて、ふやけている。それを見た目を車室内へ戻すと、明るくて美しいと思う。

間もなく二本目の魔法罎に移った。横浜はもうさっき出た。
「我々は、どうも速過ぎる様だ」
「お酒ですか」
「事によると、足りないぜ」
「それはですね、つまり、汽車が走っているものですから」
「汽車が走っているから、どうするのだ」
「走っていますので、ちっとや、そっとの」
云いかけて、つながりはなかったらしい。後は黙って勝手に飲んでいる。

「今晩の晩餐に、甘木君を招待しようではないか」「はあ」「いいだろう」「多分来ないでしょう」「なぜ」「甘木さんは几帳面な人で、遠慮深くて、鬚面です」「鬚面がどうしたのだ」「それは鬚が濃いからですけれど、遠慮深くて、几帳面な人で、多分来ないでしょう」
山系は甘木君を知っているのだから、彼が、そう云うなら、そうかも知れない。しかし何だかわけが解らない。

私も朦朧として来て後先のつながりはよく解らないけれど、少し赤い顔をしている甘木君をつかまえて、山系が頻りに論じていた。「山椒魚や海鼠は消極的だ」

その時分の笹塚駅に改札口なぞはなかった。駅と名づけられるのは、上リ下リにホームがあって、各片屋根の小屋が建っているからで、降りる時の切符は車内で車掌が受け取り、乗ったら車掌が切符を売りに来る、つまり市内電車と同じ風だったのだと思う。

池の鯉を見ながら、山系君に緋鯉の講釈をした。緋鯉は赤い。しかし、あの青っぽい色をしたのも緋鯉だ。浅葱色の藍色のまだらも緋鯉だ。横腹の黄色いのも緋鯉だ。貴君は理解して聴いていますかね。お解りならば、もう一歩進める。あの真っ白いのも、緋鯉だ。
山系が警戒する様な顔をしている。